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もう一度同じ景色を見たかった。#5.なんでも無いようなことが幸せだったと思いませんか?

#5.なんでも無いようなことが幸せだったと思いませんか?

 メールもLINEも無い時代、男女の高校生は、専ら短い手紙でやり取りをしていた。
 
 休み時間、どうでもいい授業中、夜寝る前、今とそれほど変わらない程度に忙しかったはずだけど、手紙を書く時間はあったのだと思う。
 
  今日はまだ夏休み。私の彼氏の晋二君は、
  今日もラグビーの練習練習。
  とか言う私は学校の教室で受験勉強。今日の勉強はラグビーと言うスポーツ。
  なんと!ボールを前に落とすと反則なんだって。
  ロックオン!
  なんで???
  そりゃボールを落とすことくらいだれでもあるでしょうに。
  だってあんなに変な形のボールなんだよ?。
  とても可愛そうな選手たち。
  あ、練習が終わりそう。
  今日もラグビー部らしからぬ細めなボディの晋二君と
  一緒に帰ろう!
  今日は私がアイスを買ってあげるよ! 

  植村君には絶対自分で買わせる!
  ていうか、いつも晋二君について来るな!

       1996. 8. 25. 16:43
         シンジは私が独り占め 由夏

 
 長い手紙も短い手紙もあったけど、何かあってもなくても手紙を書いて、返事を書いて、それを繰り返して。
 それが苦痛にならない所に、僕らはお互いの共通点を感じて、どこか安心できる関係だったのかも知れない。

  勉強、はかどっていますか?受験生。
  窓の外ばかり見ていないで、
  少しは教科書を見てください。
  この前の花火大会のことを直樹に聞いても
  何も教えてくれません。
  由夏さんは何かご存じではありませんか?
  僕は、僕以外の全員が犯人だと踏んでいるのですが。

  ちなみに受験はどこを受けるの?
  将来は?決めていますか?
  こちらは、まだまだ花園グラウンドが目標なので
  その先は見えていません。
 
           1996 8. 25 22.23 
       ノックオンだし 晋二「ロウ」だ。

 
 高校生の夏休みとは実に短いもので、何をするにも時間もお金もない。ただ、好きな人に宛てて手紙を書くだけで心に涼しい風が吹くように、そんな清々しい時間が流れていた。

  練習中の晋二君は真剣そのもの。
  私がラグビー部員だったら、
  晋二君が大きな声でチームに気合を入れた時、
  誰かの後ろに隠れちゃいそう。
  皆が晋二君を信頼しているのがわかる。
  晋二君は他の選手のミスはカバーする。
  自分のミスは・・・全く許さないのね。
  すごい。すごい人。晋二。
  今日も気まぐれに弾む変な形のボールを追いかけてる。
  
  しかし、質問が多いなあ。
  付き合ってすぐに将来のことなんて。。。
  秘密に決まっています。
  もっと仲良くなってからね。
  私が政治家を目指している話は(13 35)。

  この前の事?犯人? 
  意味がわかりませんねえ。
  晋二君は誰かに追われているの?怖い怖い!
  お付き合いも考え直さないと(これも嘘❤)

  今度、晋二君が言ってた「ジャンプ台」に連れてってよ。
              
          1996. 8. 26. 13:15 
     あなただって受験生でしょ。 由夏

  この町に育ってあのジャンプ台を知らないとは可愛そうな女子高生だ。
  ただ、あのジャンプ台は嘘をついた人が行くとすごく恐ろしい事が起きるのですが大丈夫でしょうか?
  今すぐ犯人だと白状した方が君の身のためだと思う。
  特にあなたは、この国の将来を担う方ですし。 

            1996. 8. 26. 23:26
     どうしても白状させたい男 普二郎


 夏休みの終わりが近づくと、心がザワザワした。
 
 8月31日が夏休みの最後の日。それは高校3年生までのこと。
 
 その先の人生では、9月も夏休みだったり、お盆の3日間だけだったり。
 
 夏休みの終わりが夏の終わりだったあの頃、切れば雫が迸る、まるで新鮮な柑橘類のような清々しい恋をする高校3年生の二人は、女子高生に一(イチ)男子が引っ張られる形で、少し危険な遊びをする事にした。


「晋二くーん、まだーーー?こんなに上なの?」

「文句言うなよ。由夏の家と僕の家の丁度真ん中にあるんだ。」

「しかも能勢電からは随分遠いのね。」

「そうだよ。電車の駅が遠い地域の人たちが、車かバスで川西能勢口駅まで出る道だよ。ここに来るにはとにかくこのアップダウンの繰り返しの道を来るしか無いよ。」

 横断歩道のその先は、下り坂が急すぎて道が見えない。

 頂上から身を乗り出せば落ちてしまいそうな、そんな住宅街の車道と歩道。

「はい。着いたよ。」

「へ???!」

「少しは驚いた?」

  山を大急ぎで切り開いて作った町ならではの急こう配。

 当時の僕たちにはこれ以上の絶景が世の中になるなんて想像もしてなくて、随分高いところに自分が立っていることを理解させられる場所。

 そこから先の道は、まるで谷底にまっすぐ伸びるジェットコースターの線路のようだった。

「ここを自転車で下るの?」

「そうだよ。えーと、あそこ。あの茶色い屋根の家と空き地の間。」

 谷を過ぎてその先に見える、少し大きめのくぼ地を指さして、由夏に萩原ジャンプ台の説明をした。

「えーーー!?あそこ?!」

「そうだよ。・・・やっぱりやめておこうか。随分怖がってるじゃないか。」

「・・・・いえ、行きましょう。あなたを男にしないと。私も女が廃(すた)るわ。」

「は?いや、別に僕が行きたいっていった訳じゃないし。」

「さあ、晋二。勇気を出していきなさい。」

 そう言うと由夏は、自転車の後部座席に腰掛けて、僕の腰に両腕を回した。

 彼女も怖かったはずだけど、こちらも怖かった。

 (彼女に怪我はさせられない)

 一瞬彼女の顔を見ると、真下に広がる景色を見ながら一瞬微笑んでいるのがわかった。

「よし、行くぞ”!」

 二人を乗せた自転車は、頂上の交差点からゆっくりと動き始め、後輪が後ろに高く上がると同時に、急な加速を始めた。

 さっきまで見えていた広い景色は、まるで煙が風にかき消されるように見えなくなって、ただただ自転車の前輪とその少し前の道が見えるだけになった。

 お腹が浮き上がる感じを味わう暇もなく谷底が近付いてきて、前輪が上を向いたその瞬間・・・


 僕らは空を見ていた

 
 立ち上る入道雲は真夏の太陽に強く照らされて、銀色に輝いていた。

 二人の高校生を乗せる自転車は、地面との接地を忘れて、一直線に水色のキャンバスに向かった。

 坂を下り始めた直後に由夏の腕が震えているのを感じていたのだが、今は両腕の力が抜けて、体全体をぴったりと密着させているのがわかった。 
 
 小さな破裂音のような音が聞こえたこころで、目の前の景色が広くなった。
 
「??あれ??パンクしたか?・・?おい!由夏!大丈夫か?!」

 由夏の腕の力が抜けて、今にも自転車から落ちてしまいそうだった。

「おいおい・・・っと!」

 一瞬目が合った瞬間に気絶した由夏をなんとか両腕で抱えた。

「・・・あれ?自転車が空に向かって飛ぶ所までは覚えているんだけど・・。ごめんなさい。私、気を失ったのかしら???」

「え???大丈夫か?」

「うん。大丈夫よ。晋二君が震えてたから、こっちまで怖くなっちゃった。」

「いや、震えてねえし!」

 小さな町の、坂道が急なだけの住宅街に、男女の高校生の笑い声が響き渡った。

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ジャンプ台の向こうに。

次回 6. ノーサイド
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